残像メンタルトレーニングメソッド

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「周辺集中」をおろそかにすると……

2011年08月04日

大宅氏や世間に名を知られた芸術家ならともかく、私のような凡人にとっては、「一点集中」のみで物事を成功に導くのは難しい。
やはり、その準備段階としての「周辺集中」を大切にしないと、事態は思わぬ方向に進んでしまう。

私は建築家だから、建物の設計をするのが主要な仕事である。
企業や団体の大きな建物を設計することもあれば、個人住宅の設計を頼まれることもある。
企業や団体の場合には、施主側でさまざまな議論が交わされ、そこに私の専門家としての見解や、”思想”のようなものも加味されて、念入りにプランが構築される。
その段階でおのずと「周辺集中」がなされることになるが、個人住宅の設計となるとそうはいかない。
個人住宅の場合、施主側として前面に出てくるのは、その家のオピニオン・リーダー的な人であり、また財布のヒモを握っている人である。
したがって、亭主であったり、奥さんであったり、あるいは祖父・祖母であったりと、いろいろである。

その施主は、大企業の社長として社会的にも認められた人で、そのワンマン経営ぶりはつとに有名だった。
だから、家庭内でも揺るぎない地位を確保しているものと私は思い、住宅設計については彼の意向に焦点を合わせて進めた。
イタリアの別荘建築によく見られるような、一見ムダと思われがちな、”ゆとり”の空間をあちこちに配置し、廊下は幅1.4メートル、天井は可能な限り高くするというプラン。
また、疲れて帰宅した彼がのんびりと湯につかれるようにと浴室は一坪半とり、トイレも、体の大きな彼に合わせてゆったりしたスペースにするよう提案した。
案の定、先方は「我が意を得たり」とばかりに大乗り気で、その考え方に沿って設計することになった。
予算や敷地面積、法的な問題などを考慮に入れつつ入念に設計図を仕上げ、模型までつくって意気揚々と出向いて、さて最終的な確認、と思いきや、そばにいた奥さんが一言。
「私はこれじゃ、嫌だわ」 もっとリビングに、それから寝室や玄関にお金をかけるべきだ。
廊下はもっと狭くてもちっとも不便じゃないし、風呂やトイレはこの程度のもので充分よ……。
さあ、ご亭主の説得の腕の見せどころ、と期待して見ていると、彼は目を伏せ、小さくなっている。
「あなた、トイレがどうのこうの言ってるようだけど、家のトイレをどれだけ使ってるっていうの?風呂がどうだって言ったって、ほとんど家にいないじゃない」こう言われてしまっては身も蓋もない。
設計はやり直しである。

ある一家は、娘さんが大きな発言力を持っていた。
一人っ子で、両親が大事に育てていたらしい。
しかし、相談していたときにそんなことはわからないから、子供が自分の部屋に閉じこもりきりにならない設計が好ましい、そのためには、子供部屋を広くとるよりも、むしろリビングに充分なスペースを割いて、家族三人がそろってくつろげるようにしたほうがいいのではないか、ということにプランが落ち着いた。
しかし、これも、当の中学生の娘さんに「イヤー!」と言われてオジャン。
以来、私は、個人住宅の設計のときには、必ずその家に住むことになる家族全員と面接することにしている。
実質的な決定権を持っているのは主婦か、息子や娘か、それとも祖父母か……。
そうして「周辺集中」しておかないと、その後の「一点集中」の成果が水泡に帰すからである。

ビジネス・シーンでも、似たようなことは随所で見受けられるに違いない。
たとえば、重役数人を前にしての新企画の提案。
提案会議のあと、あなたは、会議に出席した重役のうちの二人に焦点を絞り、それこそ「一点集中」でもって説得工作を開始する。
その集中ぶりは目を見張るほどで、二人は彼の企画を賞賛し、大いに賛同の意を表明する。
ところが、一週間後に開かれた決定会議であなたの企画はボツ。
なぜなら、その会議で最も発言力のある重役はほかにいて、彼に対する説得工作がまったくなされなかったからである。
せっかくの「一点集中」も、「周辺集中」をおろそかにしたために、結局はピントのずれた、無意味なものになってしまった……。

前に、野球のピッチャーは「一点集中」優位型だと書いたが、この世界には「一点集中」そのものを生業としている人もいる。
ピンチ・ヒッターやピンチランナーとして送り出される人たちである。
彼らは、監督からひと言ふた言、自分の果たすべき役割の説明を受け、打席や塁に向かう。
そして、長打を放ち、あるいは盗塁をすべく「一点集中」の権化となるのである。
彼らは、いわゆる「職人」と呼ばれる人と同様の存在なのかもしれない。
欠くことのできない存在ではあるけれど、ピンチ・ヒッターやピンチ・ランナーとして活躍した人で、その後監督になった例を私は知らない。
企業社会にあっても同じ。
管理職になるには「一点集中」だけでは駄目で、「周辺集中」を怠りなく行える人でなくてはなるまい。