残像メンタル・トレーニング
こうして実効ある「リラックス」と「集中」の手法を発見した私が、その後、世に一流と言われる仕事をするようになったかと言えば、残念ながら、そんな評判はまだ本人の耳には届いていない。
が、それはさておき-。
ここに登場した「残像」という言葉は、少しも目新しいものではない。
一九六九年に刊行された『広辞苑』第二版(新村出編・岩波書店)に、「外の刺激が止んでからも、その感覚が残っていること。主として視覚についていう」とある。
こう説明されると何やら難しそうだが、輝く太陽を見て目を閉じると、瞼の裏に光の塊がしばらく浮かんで見えることとして、誰でも経験している。
連続した動作の図柄を次々に見せられると、あたかもそれが動いているかのように見えるアニメーションの手法が、この残像現象を利用したものだということもよく知られている。
誰でも経験していながら、無意識のことと捨ておかれていた「残像」を、要するに、私は意識的に見ようとしたわけだ。
そのための道具として、彩色された図柄があった。
さて、出来上がった十教枚の図柄をとっかえひっかえ、日々残像を追いかけて暮らしているうちに、私は、これを自分一人の”秘技”としてしまっておくのは世間さまに申し訳ないような気がしてきた。
何か、広く知らしめる手立てはないか……と思っていた矢先、まず、プロのテニス・コーチで当時はフェドカップ全日本チームの監督をしていた小浦武志氏が、次いで、高校野球界でトレーニング・コーチとして実績をあげていた椙棟紀男氏が、関心を寄せてくれた。
私たち三人は、十教枚の図柄をカード化し、主にテニスや野球の現場で、ときには教育やビジネスの現場で大勢の人々に見せた。
そして、浮かび上がる残像がどんな効果をもたらすものなのか、さまざまに実験してみた。
その結果、これをメンタル・トレーニングに採り入れることで、精神面の強化に大いに役立つことがわかった。
そのトレーニングとは一体どんなものかというと-。
これは極めて簡単である。
試行錯誤の来にマニュアル化したものの一端を四年前の著書にまとめたが、ここでも、その基本を紹介しておくことにしよう。
(1) まず準備段階として、心身の緊張を解いておく必要がある。
前著ではその手法をいくつか例として挙げたが、瞑想でもストレッチでも、あるいは腹式呼吸でも、自分のなじんでいる手法で行っていただきたい。
(2) リラックス・カードを取り出し、最も楽に図柄が見える位置まで離して、図柄の中心付近にある小さな点を二〇秒ほどじっと見つめる。
のんびりと、気持ちを楽にさせて、それまでの出来事をすべて忘れるようにと願いながら。
目を閉じると図柄の残像が浮かぶので、それが消えるまで追いかける。
これを三度繰り返す。
(3) 次に集中カードを取り出し、(2)と同様にして見つめる。
ただし、このときは、見ているという行為に強く意識を向けながら。
目を閉じると図柄の残像が浮かぶので、それが消えるまで追いかける。
これを三度繰り返す。
(4) そして、これから自分がしようとする目標にふさわしいカードを取り出して見つめ、目を閉じて残像を追いかける。
これも三度繰り返す。
これはつまり、たとえばスポーツ選手が試合に臨む前、リラックスし、集中力を高め、これから自分がなすべき目標を明確にする、ということをテーマにしている。
残像が浮かんでいる時間は人によってさまざまだが、たいていは二〇~三〇秒。
訓練を積むと、その時間がだんだん長くなる。
いったん消えた残像を、意志の力で再び浮かび上がらせることもできるようになる。
さらに訓練を積むと、いちいちカードを見なくても、いつでも、どこでも、必要な残像を呼び出せるようになることもわかっている。
ところで、残像の色は実際の図柄の色と異なる。
赤い色はブルーに、紺色は黄色に、白は真っ黒となって現れる。
普通は反対の色、つまり補色で現れるわけで、なぜそんなことになるのかも専門家の研究によって明らかになっているが、難しい理屈なので、ここでは述べない。