五感を使う工夫
最高のパフォーマンスを表現するきっかけとして、自分自身の「ルーティン」を持つことは大切である。
そのひとつとして私は「残像カード」をすすめているわけだが、別にこれのみにこだわっているわけではない。
残像カードは、目を閉じているとはいえ、瞼に浮かぶ残像を「見る」という視覚に訴えかける手法である。
ほかにも、人間には四つの感覚があるわけだから、それらを放っておく手はない。
イチロー選手の場合は触覚刺激を、オリンピックの射撃選手の場合は聴覚刺激を主導的に採り入れているのは、おわかりだろう。
私の知人に講演であちこち飛びまわっている男がいるが、彼は、ミントの香りのするオイルを詰めた小瓶をいつも持ち歩いている。
講演の直前に、その匂いを嗅ぐのだそうだ。
そうすると、前の仕事のことやさまざまな雑事がきれいに消え去って、すんなりと当面の講演に集中できるという。
別の知人は、オフィスの机の片隅に得体の知れない木の棒を置いている。
直径3センチ余り、長さは20センチぐらいだろうか。
樫の木でできていて、握ると彼の手にぴったり合うような形に加工してある。
これで何をするのかといえば、仕事に行きづまったときやいらいらしてきたときに、握るのである。
そうすると、気分が落ち着き、改めて仕事に取り組む意欲が湧いてくるのだそうだ。
この木の棒はまた、握っているうちに手の熱で温められて、匂いを発する仕掛けになっている。
それは樟脳の匂いで、これが脳を心地よく刺激してくれるらしい。
つまりは、触覚と嗅覚に同時に訴えかける「ルーティン」用の小道具なのである。
五感を活用する「ルーティン」の例としては、次のようなものが挙げられる。
・視覚刺激……何かを始めようとするとき、自分の好きな色を見る
・聴覚刺激……何かを始めようとするとき、自分の好きな音楽(音)を聴く
・嗅覚刺激……何かを始めようとするとき、自分の好きな香りを嗅ぐ
・味覚刺激……何かを始めようとするとき、自分の好きな味の飴をなめる
・触覚刺激……何かを始めようとするとき、自分のいちばん心地よい動作をする
これらは、小道具さえ用意しておけば、誰にでもできる簡単な方法である。
ただし、実効ある「ルーティン」とするには、自分が非常に良好な心身状態にあるときに、好きな色を見たり、好きな音楽を聴いたりするトレーニングを積む必要がある。
そうして「ルーティン」と「良好な心身状態」をつなぐ回路をつくり、それを太くしておかないと、単なる「おまじない」で終わってしまうだろう。