明けてみれば、やっぱり…
人間の表と裏という話になると、「二面性」という言葉が思い浮かぶ。
すると、「昼間の自分」と「夜の自分」という区分けに思い至る。
たとえばこんな具合である。
人みな寝静まった深夜のこと、私はこう決意した。
まったく、こんなひどい施主はいない。
言うことがころころ変わるし、態度は尊大。
あれこれ細かい注文をつけるくせに、費用はなんとか値切ろうとする。
一体、何回図面を描き直させれば気が済むのだろうか。
あんな奴を相手にしてると、気がめいるし、時間の無駄遣いもはなはだしい。
えーい、やめた。
明日、こちらからきっぱり言ってやろう。
「これ以上は付き合いきれません。ほかを探してください」ってね。
翌朝、私は厳しい顔をして打ち合わせに向かう。
ふん、相変わらず偉そうな奴だ。
「それでね、高岸さん。
ここのところ、もう少しこういうふうにしたいんだが、なんとか考えてもらえんかね」
そこで私は答える。
「はいはい、わかりました。そうですねー、ま、なんとかなるでしょう」
嫌な奴だが仕方がない。
この不景気な世にあって、久しぶりのまとまった仕事だ。
ここで短気を起こしたら、事務所の維持も危うくなるぞ……と、そう頭の中では考えている。
また別の深夜のこと、私はこう決意して興奮した。
かねがね気に入っているあの建設会社の受付の子。
この頃、また一段ときれいになったじゃないか。
それに、今日の俺に対するしぐさはどうだ。
あれは、俺を憎からず思っている笑顔だなあ。
ようし、決めた。
明日は奮発して、ちょっとしたフレンチ・レストランにでも誘うことにするか。
ふふ、こいつは楽しみだ。
そして翌朝、私は意気揚々と建設会社に向かう。
受付で、にこやかに手を挙げて挨拶。
「あっ、高岸さん、おはようございます。今日も打ち合わせですか」
「あっ、いや、ちょっと急な用事を思い出したもので。設計課にね」
すごすごと用もないのに設計課へ向かいながら、私はこう考えている。
いやいや、彼女が俺に特別な好意を抱いているはずがないじゃないか。
当たり前だろう。
私はさえない中年の妻子持ちだし、彼女は美人で若い。
うっかり誘ってけんもほろろに断られでもしたら、とんだ三枚目。
やれやれ、危ないところだった。
とまあ、私は飽きもせず、こんなことを繰り返している。
いや、私だけではあるまい。
人間とは面白いもので、夜、一人きりでいると、実に大胆な発想が浮かぶ。
昼間には思いもつかない断固たる決断も平気で下す。
ところが、夜が明けて現実に直面すると、そんな発想や決断は、たちどころに雲散霧消してしまうのである。
一体、どうしてこんなことになるのだろうか。